B253「アラバマ物語」とアメリカンヒーロー

2016年3月5日

去る2月19日、アメリカの女性作家ハーパー・リー(Harper Lee)が亡くなった。89歳だった。といっても、このコラムの読者でこの作家を知る人は、たぶん、いないのではないか? 代表作は、1961年に発表された「To kill a mockingbird」(ものまね鳥を殺すには)。邦訳名は、小説の舞台となったアラバマ州を取って「アラバマ物語」となった。たぶん、「ものまね鳥を殺す」という言葉に込められた寓意が、日本人にはまったく馴染みがないからだろう。1961年にピューリッツァー賞を受賞した。

アメリカにおける黒人の地位向上に、大きな役割を果たした小説は、ふたつあると言われる。ひとつは、ストウ夫人によって書かれたあまりにも有名な「アンクル・トムの小屋」(Uncle Tom’s Cabin)。もうひとつが、ハーパー・リーの「アラバマ物語」である。「アンクル・トムの小屋」は、奴隷制度解放に繋がって南北戦争の遠因となり、「アラバマ物語」は公民権運動に繋がっていった。

舞台は、人種差別がはびこる1930年代のアラバマ州の架空の田舎町メイカム。物語の縦糸は、男やもめの弁護士アティカスが、白人女性を暴行したとして容疑をかけられた黒人青年トムを弁護する法廷劇。横糸は、アティカスの近所に住む亡霊ブーを巡る子供たちの冒険。これらを、アティカスの9歳のお転婆娘スカウト(ハーパー・リーの少女時代をモデルにしている)の目をとおして語られる。

アティカスの弁護により、白人女性によって仕掛けられたトムの冤罪が明らかになるのだが、人種偏見に凝り固まった全員白人の陪審員は有罪を下し、絶望したトムは護送中に逃亡し、撃たれて死ぬ。それだけなら行き場のない暗い物語だが、亡霊ブーが、実は子供たちを見守る暖かい存在であることが明かされ、希望の結末を迎える。父アティカスの人権活動を間近に見ながら、スカウトが人間として成長していく物語でもある。

この小説は、発表された翌1962年にほぼ忠実に映画化され、アティカスを演じたグレゴリー・ペックは、この年のアカデミー主演男優賞を受賞している。私は10代の後半にこの映画を仙台で観て感動した。つまり、私にとって映画が先にあり、いつの日か英語で原作を読みたいという願望を抱いたまま、50代まで過ごしてきた。そして念願かなって版元の異なる原作を購入し、2度読んだ。

この本を読むと、登場人物とともに笑い、泣いている自分がいる。魂を揺さぶるような感動はいったいどこからくるのだろう。偏見に対する戦い、人間としての誇りと良心といった、普遍的で深いテーマを、暖かく、そして深く描いているからだろう。この小説の素晴らしさが、映画を観た35年後に、再び心に染みた。

2003年、アメリカ映画協会に加盟する数百人の映画関係者が、アメリカ映画で描かれたヒーロー・ベスト50人を選出したことがあった。その様子を描いた約3時間の番組が、NHK BSで放映され、50位から1位までのヒーローが、次々に紹介されていた。アメリカ映画なので、わたしは、ジョン・ウェインの西部劇、ハンフリー・ボガートの探偵、ショーン・コネリーのジェームス・ボンド、シルベェスター・スタローンのロッキーが上位を占めるだろうと思っていた。

そしてそのとおりなのだが、第1位は、まったくの予想に反し、グレゴリー・ペック演じる弁護士アティカスだった。マッチョ文化のアメリカで、マッチョとは真逆なアティカスとは・・・・。意外であり、アメリカの懐の深さを感じた。この番組の最後は、最晩年を迎えたグレゴリー・ペックが車椅子のまま授賞の舞台に立つと、会場から雷鳴のようなスタンディング・オベーションを受け、二階で見守っていたスカウトを演じたメアリー・バダムが舞台に駆け寄り、グレゴリー・ペックと抱擁するところで終わる。

余談になるが、メアリー・バダムはこの一作だけに出演し、10歳という若さ(幼さ?)で1962年のアカデミー助演女優賞にノミネートされた。本コラムの執筆者のひとりであるハンドル・ネーム伽俚伽さんが好きな女優シャーリー・マクレーンが少女のときは、たぶん、こまっちゃくれて可愛らしいメアリー・バダムのようだったのではないかと想像する。

余談の余談になるが、アメリカの作家トルーマン・カポーティは、少年時代、ハーパー・リーの隣人で幼馴染であった。「アラバマ物語」の中では、スカウトの遊び仲間ディルとして登場する。カポーティの代表作「冷血」は、ハーパー・リーに献呈された。

「アラバマ物語」は、機会があれば、ぜひ鑑賞して欲しい映画のひとつである。

image19.jpgimage191.jpg

写真右:「アラバマ物語」のスカウト。メアリー・バダムが演じた。この映画の魅力の半分は、スカウトのお転婆ぶりに負うところが大きい。

写真左:私は、この小説をFolio Society版、Penguin版、Arrow版の3冊を所有している。上はArrow版の表紙。

吾飛子(あぴこ)

広告
カテゴリー: 鳥瞰遊瞰 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中